人類史上初の「生まれた時からテレビがあったジェネレーション」

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「テレビ放送開始60年」ということで、やれ記念番組だ、なんだと、かまびすしい。
現在の現役五十路世代は、「人類史上初の生まれた時からテレビがあったジェネレーション!」という計算にはなる。しかし、実際のところ、テレビが各家庭に定着するには、かなりの時間があったように記憶している。テレビとは、風呂屋で、りっぱな墨の入ったオッサンの肩越しに見るものであり、金持ちの同級生の家で見るものだった。あの頃のテレビの画面は、どこか丸みをおび、柔らかさがあったが、今のテレビは、アイソがない。

今の人は、「日本のカラー放送は1960 ( 昭和35 ) 年9月10日より本放送開始」という史実から、その日から、突然、テレビの全放送番組に、色が付き、視聴者は色付き?番組を見始めた、と勘違いしがちだが、白黒番組、カラー番組の混在は長い間続いた。ここ一番、「よっしゃ!」という気合の入った番組だけが、カラー放送だったと思う。

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また、カラー放送番組がかなり増えてきても、カラーテレビは買えず、白黒テレビでカラー放送を見ていた、つまり、やや、おうちの貧しいお友 達が多かったように覚えている。カラーテレビというと、何故か偉そうな家具調のものが多く、貧乏人と金持ちを分ける境界線のような存在に思えた。カラー番組には、これみよがしに、「カラー放送」とか「天然色放送」とかの表示があり、苦々しくそれを白黒テレビ で見たことのあるのも、我々の世代だろう。今や、「カラー放送」と表示する番組はない。

あの頃の子供達は、白黒放送でも、勝手に自分流なイマジネーションで色をつけていたと思う。今の人は、テレビ局の作った色を押し付けられて、想像 力を発揮するチャンスさえなく、ただ、映像を受け取っているだけだが、白黒テレビ放送にかじりつき、「見えない色を見る」、という想像力を訓練された子供 達は、後にその想像力を創造力に、また、カラーテレビを買ってもらえなかった悔しさをバネに、大人になった時、極めて個性的な時代を 創った、と思う。

昭和な記憶1:耳から離れないCMソング達

昭和は長い。「昭和の、、、」というと、一体、何時の事を指しているのか、よく分からない。「鬼畜米英」時代も昭和なら、大阪の万博の頃も昭和に入る。だから、申し訳ないけれど、自分の時代の昭和な記憶をたどって、少しずつ、お伝えしたい。

画面は全く覚えていないけれど、今でも、耳から離れない、あのCMソング。ありませんか?

日産 SKYLINE CM

ケンとメリー、BUZZ。日々消えていく記憶の中でも、最近の歌は、知らなくても、このメロディーは、しっかりと、頭に残っている五十路は多いのではないでしょうか。私のように。

サントリーオールドCM リー・ヴァン・クリーフ版

この曲が小林亜星さんの作曲とは、21世紀(昨日)まで知りませんでした。

丸善石油 CM

曲はよく覚えていないものの、「オウー、モウレツ!」という、あの部分だけは、強く耳に残っています。風にめくれるミニスカートの映像に、当時思わず唾を呑んだ方々も多かったのではないですか?私のように。

マーブルチョコレート CM

これも、耳から離れない。大昔のはずなのに。同じような方も多いのではないでしょうか。多分、当時は、同じCMを放映する頻度が高かった?のかな。それにしても、当時30円だったんですね。子供の頃、10円玉握り締めて、駄菓子屋に通った、ような気もします。けれど、若い人に言うと、戦前生まれなのかと思われそうなので言いません。

ミツワ石鹸 CM

「ワー、ワー、ワー、ワがみっつ」と繰り返し、ミツワ石鹸と落とす、CM制作講座第一週めに使われそうな基本技。そういえば、子供の頃、 実製品は知らないのに、CMソングと連呼される製品名や会社名だけは知っている、という事が多かったような気がしませんか?


 

沖野良吉 2013年2月18日